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大阪高等裁判所 昭和41年(う)2188号 判決

被告人 日高護 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人森本を懲役一年に、同日高を懲役八月に各処する。

但し、被告人両名に対し、本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

右猶予期間中、被告人森本を保護観察に付する。

原審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官山根正作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人上野謹一作成の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

よつて案ずるに、本件公訴事実(当審において訴因変更前の)は、「被告人両名は共謀のうえ、昭和四〇年三月二九日赤穂市大津山林内において日本電信電話公社所有、同社姫路駐在所員米沢正祐管理に係る電話ケーブル線約二、一九五キログラム(時価三四四、六一五円)を窃取したものである」というのである。ところで、原審において適法に取調がなされた証人米沢正祐、同萱畑正幸の原審公判廷における各供述記載、米沢正祐及び鉄本佐一各作成の各被害届、植山竹美(昭和四〇年五月二八日付)及び米沢正祐の司法巡査に対する各供述調書、被告人日高の司法警察員に対する昭和四〇年五月一七日付、同月一九日付(二通)、同月二四日付及び検察官に対する各供述調書、被告人森本の司法警察職員に対する昭和四〇年六月三日付、同月四日付及び検察官に対する各供述調書、被告人森本の原審公判廷における供述記載を綜合すると、被告人森本は、森本組の名称で電気工事請負業を営む者、同日高は右森本の使用人であつて現場責任者をしていた者であるところ、被告人森本は昭和四〇年二月頃、昭和電気建設株式会社(以下昭和電気と略称する)が日本電信電話公社(以下、公社と略称する)から請負つた赤穂市大津山林内の架設電話ケーブル線を撤去する工事をさらに昭和電気から下請することとなり、被告人日高を現地に派遣して、電話などにより同被告人に仕事上の指示、連絡をして、同被告人をして右工事の監督、撤去ケーブル線の運搬、保管、納入等の業務にあたらせていたが、撤去した廃線は、一応赤穂電信電話局の裏庭に置いておき、公社の指示により神戸市にある公社の下沢倉庫に納入していたところ、同年三月二九日頃、電話で被告人日高に対し「ちよつとストツクに置いとけ」と指示し、同被告人において右指示に従い、同日及び同年四月五日の二回にわたり、赤穂市大津山林内で撤去した公社所有の電話ケーブル線のうち計約二、一九五キログラム(時価三四四、六一五円相当)を右赤穂電信電話局の裏庭に運び入れず、被告人らの用途に供するため、右山林内から自動車で搬出し、被告人森本の使用人である運転手植山清五郎方及び室井某方に運び入れたものであることが認められる。そこで、被告人両名の右行為が、窃盗罪にあたるか否かについて考察するに、右各証拠によると、電話ケーブル線は、架設状態のときには公社が占有、保管しているが、撤去工事の請負業者が撤去した場合は、その瞬間から請負業者がその廃線の占有保管をし、電々公社の指示によりその指定場所に納入するまで、請負業者においてこれを占有保管をすることになつていること、本件の場合においては、被告人森本が請負業者である昭和電気からさらに下請して撤去工事に従事したものであるところ、昭和電気は同被告人に撤去ケーブル線の保管、納入の業務をも委託していたこと、被告人森本は同日高に、撤去工事の監督、撤去ケーブル線の運搬、保管、納入等の業務をさせていたこと、被告人森本から撤去ケーブル線の取り込みを指示された同日高は、現場において初めから取り込むために前記ケーブル線約二、一九五キログラムの撤去作業を行なつたものではなく、当該ケーブル線を撤去した後に、これを取り込むために搬出する決意をしたことが認められ、右認定の事実によれば、被告人両名は右ケーブル線をとり込む意思で他に搬出しようとした時点においては既に右ケーブル線を業務上占有していたものといわなければならない。もつとも、前記各証拠、ことに米沢正祐の司法巡査に対する供述調書、証人米沢正祐及び同萱畑正幸の原審公判廷における各供述記載によれば、公社に対する関係においてはあくまでも昭和電気が撤去工事を請負い、被告人森本は昭和電気の主任技術者ということになつていること、公社は公社員片山政彦を現場に派遣して工事の監督に当らせ、公社員、四海匡や米沢正祐も時折工事の進捗状況を調べに行つていたこと、撤去したケーブル線はすべて公社が指定する場所に返納する義務があり、返納までの請負業者の保管状況については公社が監督し、保管状況が悪い場合には公社から注意を与えること、納付は公社名義ですることになつていたことが認められることは所論のとおりである。しかしながら、右各事実は、前記撤去ケーブル線を被告人両名が業務上占有していたとの前記認定事実に牴触するものではないから、これを覆すには足りない。してみれば、被告人両名の前記認定のケーブル線搬出行為は、窃盗罪にはあたらず、業務上横領罪を構成することが明らかである。従つて、原判決が本件公訴事実(窃盗)は、本件全証拠によるもこれを認めるに足るものはない、としたことに事実の誤認はなく、この点に関する論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の主張)について

よつて案ずるに、前段説示のごとく、原審において適法に取調がなされた全証拠によつても窃盗の公訴事実はこれを認めることができず、却つて、被告人両名につき業務上横領の事実を十分認めうるのであるから、原判決が本件公訴事実(窃盗)は、本件全証拠によるもこれを認めるに足るものはないとして無罪を言渡しているのは、原裁判所もまた、証拠によつて被告人両名の行為が窃盗罪に該当せず、業務上横領罪を構成するものと判断したことによるものと思料されるところ、窃盗の訴因を業務上横領の訴因に変更しても、本件の場合、公訴事実の同一性を害することはないし、記録によると、原審において、弁護人は一貫して被告人両名の行為は窃盗罪に該当せず、業務上横領罪を構成すると主張しており、この点を最も重要な争点として攻撃、防禦が展開されているのであるから、被告人の防禦権の行使に実質的な不利益を生ずるおそれもないのである。ところで、本件のような場合でも、裁判所が検察官に対し、自らすすんで右訴因の変更を命ずべき責務があると解するのは相当ではない。しかしながら、本件のような場合、窃盗以外の訴因に変更することを拒否すべき特段の事情が検察官に存することの明らかなときは格別、そうでない以上、少なくとも窃盗の訴因を業務上横領の訴因に変更すべきことを促すのが相当であると解すべきところ、記録を精査しても検察官に右のごとき特段の事情があつたとは考えられないのであるから、原裁判所はよろしく訴因の変更を促すべきであつたのにかかわらず、記録上、原裁判所がこれを促したことをうかがうに足りる形跡もなく、窃盗の訴因のまま無罪を言渡したのは訴訟指揮に著しく妥当性を欠き、ひいては訴訟手続に法令の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄するところ、当審において、検察官は業務上横領の訴因及び罰条を予備的に追加する旨申し立てたので、当裁判所は公訴事実の同一性を害さず、且つ被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがないものと認めて右予備的訴因の追加を許可し、新たな証拠を取調べたので、直ちに判決をすることができるものと認め、同法四〇〇条但書により、さらに判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

被告人森本は電気工事請負業を営む者、被告人日高は被告人森本に使われ、現場責任者の地位にあつた者であるが、被告人森本は、昭和四〇年二月頃、昭和電気が公社から請負つた赤穂市大津山林内の電話ケーブル線の撤去工事を下請し、昭和電気から、撤去した電話ケーブル線の保管、運搬、納入等の業務をも委託されたので、被告人日高を右現地に派遣し、工事の監督電話ケーブル線の撤去、保管、運搬、納入等の業務に従事させていたが、被告人両名は共謀のうえ、同年三月二九日頃と同年四月五日頃の二回にわたり、前記山林内において撤去した公社所有の電話ケーブル線計約二、一九五キログラム(時価三四四、六一五円相当)を業務上保管中、被告人らの用途に供するため、ほしいままに自動車で同所より搬出して着服横領したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(確定裁判)

被告人森本は、昭和四〇年九月一五日、神戸地方裁判所において、業務上過失傷害の罪により禁錮六月、執行猶予二年に処せられ、右裁判は同月三〇日確定したものであつて、このことは同被告人に関する検察事務官作成の昭和四一年五月二〇日付前科回答書によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、包括一罪として各刑法二五三条、六〇条に該当するところ、被告人森本には前記確定裁判を経た罪があり、この罪と本件の罪とは刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条により、未だ裁判を経ない本件の罪についてさらに処断することとし、所定刑期範囲内で、被告人森本を懲役一年に、同日高を懲役八月にそれぞれ処し、情状により、被告人森本に対しては刑法二五条二項により、同日高に対しては同条一項一号により、いずれも本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予することとし、被告人森本に対しては刑法二五条の二第一項後段により、右猶予期間中保護観察に付し、原審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 中田勝三 佐古田英郎)

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